home *** CD-ROM | disk | FTP | other *** search
/ Gekkan Dennou Club 147 / Gekkan Dennou Club - 2000.8 Vol. 147 (Japan).7z / Gekkan Dennou Club - 2000.8 Vol. 147 (Japan) (Track 1).bin / qs / syohyo / sho14701.doc next >
Text File  |  2000-07-11  |  7KB  |  216 lines

  1.  
  2. 映画評 『オール・アバウト・マイ・マザー』(ALL ABOUT MY MOTHER)
  3.  
  4.   1999年/スペイン映画/1時間41分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
  5.   後援:スペイン大使館/(財)日本スペイン協会
  6.   提供:東京テアトル/博報堂/ギャガ・コミュニケーションズ
  7.   配給:ギャガ・東京テアトル共同配給
  8.  
  9.   監督:ペドロ・アルモドバル
  10.   出演:母―セシリア・ロス
  11.      女優―マリサ・パレデス
  12.      修道女―ペネロペ・クルス   他
  13.  
  14.   '99カンヌ国際映画祭最優秀監督賞 他多数受賞
  15.  
  16. ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  17.  
  18.  6月のある日、京都みなみ会館で上記の映画を観てきました。
  19.  
  20.  実際にこの作品を観る前、私は宣伝で映画評論家おすぎ氏の言葉を目にしま
  21.  
  22. した。曰く
  23.  
  24.  「私はこの映画についてお伝えするために映画評論家になったのかもしれま
  25.  
  26.   せん」(但しうろ覚え)
  27.  
  28.  また同時に、情報誌や一般誌等では「女性必見の映画」みたいな扱いをされ
  29.  
  30. ていました。チラシのキャッチコピーにはこう書かれていました。
  31.  
  32.  「女であるために女を演じる全ての女性たちへ―」
  33.  
  34.  そこにはまた、監督自身の言葉、
  35.  
  36.  「恋人、妻、友人、娘、そして母。すべての女性たちへ、そして私の愛する
  37.  
  38.   母へ、この物語を捧げる」
  39.  
  40. も書かれていました。
  41.  
  42.  どうも期待できそうだ、と私は踏んだのですが、先に観てきた私の彼女とそ
  43.  
  44. の同僚は「何かイマイチ入り込めなかった。周りの女性客の反応も、どう捉え
  45.  
  46. ていいのかよくわからない風だった。」と言うのです。
  47.  
  48.  キャッチコピーや宣伝戦略と観客の反応のずれ。本当に「女性向けの映画」
  49.  
  50. なのか? 私がこの映画について言及しようと思ったのは、このためです。
  51.  
  52.  
  53.  まずは、少々長めのあらすじを。
  54. ━━
  55.  主人公の女性は臓器移植コーディネーター。作家志望の息子と2人暮らし。
  56.  
  57. 息子が生まれる前に彼女は夫と別れ、息子は父親を全く知らされないまま育っ
  58.  
  59. た。息子の17歳の誕生祝いに2人で『欲望という名の電車』を観劇に行った帰
  60.  
  61. り、女優にサインをもらおうとした息子が、車にはねられ死んでしまう。主人
  62.  
  63. 公が父親について息子に語る覚悟を決めた矢先の出来事だった。
  64.  
  65.  失意に暮れる母は、かつての夫、息子の父を捜す旅に出る。マドリードから
  66.  
  67. 懐かしい街、バルセロナへと。そこで彼女は、かつての友人と再会する。彼、
  68.  
  69. いや彼女はシリコンの乳房を持ち、夜の空き地で男の相手をする街娼となって
  70.  
  71. いた。“彼/彼女”は主人公に、捜している男が最近まで自分と同居していた
  72.  
  73. が、部屋にあった金を盗んで消えてしまったことを告げる。
  74.  
  75.  主人公は職を探すため、“彼/彼女”の面倒を見ている修道女を紹介される。
  76.  
  77. そこでは職を得られなかったものの、偶然にも『欲望という名の電車』に出演
  78.  
  79. していたあの女優と近づくことができ、彼女の付き人となる。
  80.  
  81.  主人公は、女優に目をかけられ、助演女優がドラッグの過量服用で舞台に立
  82.  
  83. てなくなったときには、アマチュア劇団での経験を生かして、『欲望という名
  84.  
  85. の電車』の舞台をこなしてしまう。しかし、それが原因であらぬ疑いをかけら
  86.  
  87. れる。映画『イブの総て』のように、大女優に近づいて自分が成り上がろうと
  88.  
  89. しているのではないか、と。主人公は、自ら女優のもとを去っていく。
  90.  
  91.  ある日、修道女は主人公に妊娠を告白する。何と相手は、主人公の元夫。
  92.  
  93. しかもどちらもHIVウイルスに冒されていることが明らかになる。主人公は、
  94.  
  95. エイズに感染した妊婦の世話をするが、修道女は赤ん坊を産み終えた後に、
  96.  
  97. 帰らぬ人となってしまう。
  98.  
  99.  葬儀中、失踪していたあの“元夫”が現れる。彼もまた性転換(途上?)者
  100.  
  101. であり、エイズで余命いくばくも無い状態であった。主人公は元夫に、息子と
  102.  
  103. 修道女の死、そして新たに生まれた子供もHIVウイルスに感染していることを
  104.  
  105. 告げる。そして、短い生を運命付けられた新しい命を胸に抱き、マドリードへ
  106.  
  107. と旅立つ。かつて幼い我が子を抱いて列車に乗ったように。
  108.  
  109.  それから2年後、奇跡的にエイズを克服した子を抱いて、主人公は再びバル
  110.  
  111. セロナへと向かう。あの“元夫”が、エイズでなくなったとの知らせを胸に。
  112. ━━
  113.  
  114.  
  115.  この映画を見終えて感じたのは「“すべての女性のための映画”ではない」
  116.  
  117. ということです。誤解を恐れずに言うなら「“完全な女性ではない女性”のた
  118.  
  119. めの映画」だと思いました。
  120.  
  121.  完全な女性―身体的/精神的/社会的に“女性”である女性―など、現代に
  122.  
  123. おいては実はそれほど多くはないのかもしれません。そんな女性は“女性であ
  124.  
  125. る”ことをよほど自覚しているか、全く無自覚で自然体であるかのいずれかで
  126.  
  127. はないかと、私は思うのです。
  128.  
  129.  本文の冒頭で述べた、私に感想を話してくれた2人はおそらく、前者だと思
  130.  
  131. うのです。2人とも、女性として今を生きるということに少なからず悩んだ経
  132.  
  133. 験があることを、私は知っています。それをある程度乗り越えてしまったから
  134.  
  135. こそ、この映画と今現在の自分とをシンクロさせることが難しかったのだろう
  136.  
  137. と思うのです。彼女たちはむしろ、現在の日本映画、例えば諏訪敦彦監督の
  138.  
  139. 『M/OTHER』で描かれたような“女性であるがために苦悩する女性”に自らを
  140.  
  141. 重ね合わせるのではないかと思うのです。
  142.  
  143.  おすぎ氏がこの映画に傾倒するのは納得できます。「女であるために女を演
  144.  
  145. じる全ての女性たちへ」というコピーも的を射ているとは思います。ですが、
  146.  
  147. 単純に「全女性必見!」と言い切ってしまうような一部の宣伝については、読
  148.  
  149. 解の甘さを、あるいは“売らんかな”という姿勢を感じざるを得ないのが残念
  150.  
  151. です。資本主義社会ではやむを得ないことなのですが。
  152.  
  153.  
  154.  ここまでで書いたような“違和感”を除けば、映画そのものの完成度はアル
  155.  
  156. モドバル監督作品の中では最も完成度、世界市場での普遍性とも高く、世界の
  157.  
  158. 映画祭で高い評価を得たのも当然だと思いました。
  159.  
  160.  映画の冒頭あたり、リビングのテレビで流れるモノクロの『イブの総て』は、
  161.  
  162. 1950年のアカデミー賞作品。劇中、何度も演じられる『欲望という名の電車』
  163.  
  164. はアメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズの1947年の作品。いずれも物語に
  165.  
  166. 重層的に組み込まれ、作品の厚みを何倍にも増しています。
  167.  
  168.  なんて偉そうなことを書いてますが、この文章を書くに当たって、古本屋に
  169.  
  170. 慌てて走って『欲望という名の電車』を買ったのはここだけの秘密(苦笑)。
  171.  
  172.  で、初めて読んでみたのですが、こちらの主人公ブランチって相当危うい、
  173.  
  174. はっきり言えば神経症の女性なのですね。落ちぶれていく両家の娘が、自分自
  175.  
  176. 身を取り繕うために嘘を重ねている女性。それが貧しく粗野だけど生命力にあ
  177.  
  178. ふれる男(妹の夫)と出会うことで決定的に崩壊してしまう。映画の中では明
  179.  
  180. 確に言及されなかったと思うのですが、基礎教養として当然知っておくべき事
  181.  
  182. 柄だったのだとすると、自分の勉強不足を悔やみます。興味を持たれた方は、
  183.  
  184. 一度読んでおいて損は無いと思います。新潮文庫で出てますし。
  185.  
  186.  それはさておき、性転換者(途中の人も含む)って、ある意味では両性具有
  187.  
  188. で完全な存在、半面男でも女でもない、不完全な存在で実に興味深い“状態”
  189.  
  190. じゃないですか? 遺伝子的に性転換することは現在の技術では不可能だし、
  191.  
  192. 男が女に形を変えたところで、子を産めるわけではないから、完全な性転換は
  193.  
  194. 無理なのだけど。でも、テクノロジーがそれを可能にしたら、人の性の有り様
  195.  
  196. はどうなるのか。SFでは語られる(谷甲州『エリコ』とか)ものの、いざそう
  197.  
  198. なったらどうなるのか、興味深いテーマです。
  199.  
  200.  
  201.  最後に。私はこの映画を性別を問わず全ての人にお勧めしたいです。これは
  202.  
  203. 決して“全ての女性のための映画”ではないけれども、素晴らしい“女性につ
  204.  
  205. いての映画”だと思うから。女性そのものを正面から捉えた映画ではないけれ
  206.  
  207. ども、女性であるということを、さまざまな角度から捉えようともがいている
  208.  
  209. 映画だから。
  210.  
  211.  あなたが女性であっても、男性であっても、いずれともわからなくとも。
  212.  
  213. ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  214.                       Nobuyuki Tatsumi(巽 信幸)
  215. (EOF)
  216.